84 エナジーム(4)
人間は地球の1つの生物
Blog74・75の【がんとの付き合い方】でお話したように、どんなに遺伝子研究が進んでも、がんのことがわかるどころか、ますますわからなくなってきているということです。
やはりがん研究も生物学に戻って考えなおさなければいけないのではないか?
がんを治すのではなく、がんと共存していく道を探すべきである・・・。
人間は文明を発達させる代わりに、自然を軽視し、人間が生物の1つなんだということを忘れてしまったのではないでしょうか?
私たちは野に咲く花や小さな虫と同じ生物なんです。
唯一違うのは、考えることができる脳を持っている、ということだけなのに、あたかも他の生物とは違う存在と思いこみ、自然を壊し、何でも思い通りにしようとしています。
野に咲く花や、動物たちを見てください。
みんな自然と共存しています。
自然に身をゆだねています。
長い年月をかけて生き残る(子孫を絶やさない)ために進化しているのです。
私たち人間も、本来は自然とともに生きるべき生物だと思うのです。
山に登ったり、海を見たり、森林の中を歩くと心が癒されませんか?
そして、私たち人間はこの自然界の中の小さな存在だということを思い知らされることでしょう。
誕生しては死んでいく、そんな繰り返しの中で進化して行っているのです。
進化はその生物が子孫を作り、種を存続するためにだけ変化していくのです。
これから人間はどのように進化して行くのでしょうか?
大都市ではどんどん都市化が進み、自然とはどんどんかけ離れた生活をしています。
晩婚化、出産の高齢化が進み、子どもの数が減り、温暖化が進んでいます。
どんなに寿命が延びても、このままでは人間の人口は減っていくでしょう。
人口の減少が悪いのか、良いのか?
人口減少は自然の流れなのでしょうか?
明治時代まではほぼ横ばいだった人口は明治を境に急激に右肩上がりに増えているため、
私たちは人口が減ると聞くと、大丈夫なの?と思いがちですが、人間が小さな自然界の生物として生きるチャンスかもしれません。
不老不死ではなく、生まれて、老いて、死んで行く生物であること、自然とともに生きることができるのではないでしょうか。
浄土真宗の教えの中に、「白骨の御門書」と言う、人間のはかなさを諭した文章があります。
人間のはかない人生をよくよく考えると、この世の中でおよそはかないものは、あっという間に迎える人生の最期である。
いまだかつて万年も生きたという話を聞かず、一生は早くすぎるものである。
現在でも百年を生きることは難しい。
自分が先になるか、人が先になるか。
今日とも明日とも知れない命で、遅れる人早く亡くなる人は、木の葉の露、雫の数よりも多い。
そうであるならば、朝元気であった者が、夕方には死んで骨になるかもしれない。
無常の風が吹いたら、たちまちのうちにまぶたは閉じ、呼吸も停止して、顔色がむなしく変って赤みを失う。
そうなれば家族・親戚が集まって歎き悲しむが、蘇生効果はない。
さてすべき事をしなければというわけで、遺体を野外に送り、夜中に火葬をして煙となれば、わずかに白骨のみが残るだけである。
これはあわれというよりもおろかなことである。
ではどうしたらよいかというと、人間のはかない命は老若の順とは限らないので、誰もが早い時期から死後の生の大事を心にかけ、阿弥陀仏に深くおすがりして、念仏すべきである。
恐れ多いことよ。恐れ多いことよ。
伊藤比呂美さんの現代語訳がとてもわかりやすいです。
読み解き「般若心経」
私が、乳がんステージⅣと知ったとき、最初に浮かんだことは、
【私、死ぬまで生きられるんだ!!】
でした。
死を宣告されて初めて、死ぬことより、生きることの意味を知ったのです。
死があるからこそ、人生を生き生きと生きられるのです。
老いがあるから青春が輝くのです。
体力があるうちに、いろいろな事に挑戦しましょう。
年を取るということは、意欲があっても身体がついて行かないことが多く、若いからこそできることがたくさんあります。
若いうちは、自分は年を取っても何でもできると思うでしょうが、間違いなく全員できなくなります。おじいさん、おばあさんの話をたくさん聞いてみてください。
「ああ、あの時こんなこと言っていたな~。」
と必ず思いだすものです。
若いうちに思いきった冒険をしましょう。
一生の宝物になりますよ!!
では、今日も1日前向きに!!